地域・社会教育連携研究-1
担当:倉石 哲也
1.研究部門の概要
地域・社会教育連携研究部門では、地域に暮らす人々とその支援にあたる対人援助職、そして対人援助職の養成と教育に関する研究などを行っています。子ども家庭福祉の分野では、生活困難を抱える子育て家庭を対象とした支援とその家庭を支援する保育・子育て支援事業に携わる支援者の専門性に関する研究を継続的に展開しています。
2.研究の紹介
①就学前施設における困難家庭への支援の現状と課題分析
子どもの就学前施設は、保育所、認定こども園、地域小規模型保育、家庭内保育、事業所内保育施設、企業内保育園等が増設され続けています。様々な理由で施設に子どもを預けている(通わせている)家庭が増えているなか、子育てと子育て家庭をめぐる社会的な課題が顕在化しています。具体的には、「虐待」「家庭内暴力(DV)」「ひとり親家庭の増加」「生活困窮世帯」「発達に課題を持つ子どもとその家庭」等であり、それらの困難家庭に直接かかわっている保育者等への支援が必要とされています。就学前施設における困難家庭の支援の実態と課題を把握し、求められている技能等を検討することを通して、保育者等の資質の向上に貢献することを目的に研究・調査を行っています。
②保育士の支援に関する実践的取り組み
今日の保育所現場で保育者は、発達の気になる子どもの増加、子どもとの関係が築きにくい保護者、困難を抱える家庭の増加といった問題に直面しています。保育士の専門性の向上が不可欠ですが、猶予もなく多様化する保育ニーズと子どもや保護者の個別的対応に追われているのが保育士の現状です。本研究部門・子ども家庭(福祉)の分野では、このような保育士を支援するためのニーズ調査、講座などの勉強会、ケーススタディなどを実施してきました。
保育者の資質と専門性の向上に貢献するための支援として、①関わりの難しい子どもの理解、②支援に困難を感じる保護者の理解、③保育者への情報提供と支援、など実践的な取り組みをしています。
③保育を支えるチーム力
保育は集団で行われる専門活動で、保育者だけでなく栄養士、事務員、看護師など専門性も様々な職員が連携して行われています。在園児の急激な増加に伴い、職員数も増えていますが、同じ保育士でも正規職員、非常勤・臨時職員、派遣職員など雇われ方も多様です。保育時間は長くなり多忙化する保育現場では職員全体としてのチーム力は重要になります。保育のチーム力とは何か、チーム力を高める方法について検討するために、現場の保育士と協力し実践事例の検討会を行っています。
3.諸活動・成果
①保育者のための講座・ケーススタディ
保育士を対象とした勉強会を「保育士のための元気アップ勉強会」として2012年度から実施しています。2012~2015年は「保育士のための元気アップ勉強会」2016年からは「保育士のためのレベルアップ勉強会」2019年度より、幼稚園、こども園、地域型保育事業にも対象を広げ、「レベルアップ勉強会」として開催しています。
関連リンク
「活動報告」→ 保育者のためのレベルアップ勉強会
②調査研究(報告書)・研究論文
- 「子育て家庭支援における「地域支援」実践モデルの構築に関する研究」(2016年度科学研究費助成事業)
-
「地域子育て支援拠点の寄り添い型支援が親の成長を促すプロセス分析と支援者の役割に関する調査研究」
2018年度厚生労働省子ども・子育て支援推進調査研究事業(子育てひろば全国連絡協議会) - 「地域子育て支援拠点事業及び利用者支援事業(基本型)における利用者の個別ニーズの把握・相談対応状況に関する調査研究」(2019年度厚生労働省子ども・子育て支援推進調査研究事業)
- 「保育所等における外国籍等の子ども・保護者への対応に関する調査研究事業」(2019年度厚生労働省子ども・子育て支援推進調査研究事業)
- 「養育支援訪問に携わる助産師の活動と課題の研究」(2018)座波律子との共著 臨床教育学研究第24号
- 「かかわりに困難を感じる子どもへの保育者の専門性についての研究」(2018)高原ひろみと共著 臨床教育学研究第24号
- 「男性保育士が乳児保育を担当することの意義と課題に関する研究」山田高義と共著 臨床教育学研究第25号
- 「保育士の資質向上についての問い直し-自己覚知の必要性について-」金谷愼子と共著 臨床教育学研究第25号
③学会発表、投稿論文、著書
学会発表
-
「子ども虐待対応における保育所の役割-地域との協働活動を通して-」日本子ども虐待防止学会
第22回学術集会おおさか大会 応募シンポジウム46 2016.11.26 -
「子ども虐待対応における保育所の役割Part2-保育現場の声から見えてくるもの-」日本子ども虐待防止学会
第24回学術集会おかやま大会 公募シンポジウムS-50 2018.11.30 -
「保育現場と虐待-親を犯罪者にしない支援を考える」ここネット・日本多機関連携臨床学会共催(コラボ企画)
「ストップ虐待・親支援のありかた」検討会議 日本女子大学・目白キャンパス2019.6.23
雑誌投稿
- 「子どもを尊重する保育とは」2018 保育の友 12月号
- 「多胎児や未熟児の育ちを支えるためのポイント」2019保育の友 12月号
-
「保育現場で子ども虐待にどう対応するか~予防・気づき・支援」
公益財団法人 大阪府市町村振興協会おおさか市町村研修研究センター 2019 - 「子育て×虐待対策~手を挙げるその前に~」マッセOSAKA 研究紀要第23号2020
著書
- 『保育現場の虐待対応マニュアル』(単著)2018中央法規
- 『保育ソーシャルワーク』(編著)2019ミネルヴァ書房
- 『子ども家庭支援論』(編著)2020ミネルヴァ書房
- 『保育を変えるチーム力の高め方』2019中央法規
地域・社会教育連携研究-2
担当:中尾 賀要子
1.研究部門の概要
人間・社会福祉の分野では、ライフレビュー(人生のふりかえり)にまつわる研究課題に取り組んでいます。最新のプロジェクトとして「日本版自己発見タペストリー(Self-Discovery Tapestry)の開発」、継続中のプロジェクトとして「在米被爆者の人生と意味づけ」、そして終了したプロジェクトとして「日本版ガイデッド・オートバイオグラフィーの妥当性検証」があります。また、2001年から福島のソーシャルワーカーの方々と協働し、災害ソーシャルワークの研究にも着手しています。いずれのプロジェクトも質的研究のパラダイムに立脚した研究の問いを設定し、長期的な変容過程に着目している点が当研究部門で担当している課題の特色です。
2.研究の紹介
①日本版自己発見タペストリーの開発
一人ひとりの社会的・職業的自立に必要な基礎能力の一つに、「自己理解」が挙げられます。類似概念として自己認識、自己洞察、自己覚知(self-awareness)などがあり、対人援助職の養成課程ではスーパービジョンやカウンセリングなどが好機とされますが、在学中にそのような臨床的機会の実現はとても難しいものです。自己理解は自己を見つめる内的な作業を通して得られる発見や気づきが手掛かりとなることから、学生が主体的かつ個人的に取り組むことができる学習材は有用と考えられます。
そこで本研究では、南カリフォルニア大学Phyllis Meltzer教授(作業療法学)が開発したThe Self-discovery Tapestryという学習材を基に、家族背景、心理的成長、社会的成長などの自己の側面を反映できる日本版の「自己発見タペストリー」の完成を目指しています。自己発見タペストリーは、芸術形態としてのタペストリーの個別性を一人ひとりの人生の独自性に準えた学習材で、カラーペンを用いて視覚的に人生を俯瞰できる自己分析ツールです。自己発見タペストリーの作成を通して自己形成の軌跡を辿る有用性が示唆されると、対人援助職の養成課程で活用できるだけでなく、就職前の大学生において自己理解を深めるツールとしての活用など、キャリア形成に貢献できるのではないかと考えています。
②災害ソーシャルワークモデルの構築-被災地ソーシャルワーカーの語りと対話から-
日本は自然災害が発生しやすい国土であり、地震や台風による被害が日本各地で発生し、被災地では生活再建に向けた支援活動が続いています。しかし、災害ソーシャルワークをどのように展開するのかなど具体的な支援のあり方は明らかになっておらず、わが国の災害ソーシャルワークは黎明期にあるといえます。そこで本研究は、東日本大震災を経験したソーシャルワーカーによる語りと対話を通して、自らの被災体験だけでなく、支援者としての活動の経緯を俯瞰的に網羅した質的データを収集し、長期的視座に立った災害ソーシャルワークモデルの構築を目指します。本研究は2018年から2022年(予定)にかけて、科学研究費助成事業を受けています(研究課題/領域番号18K02091)。
③在米被爆者の人生とその意味づけ
在米被爆者とはアメリカに暮らす被爆者のことであり、強制収容所経験者が大多数を占める日系アメリカ人高齢者の中で極めて少数派となる方々です。本研究は2005年から始まったプロジェクトで、NABS(北米原爆被爆者の会)の協力のもと、在米被爆者の実態調査、アメリカの被爆者団体の歩みについての聴き取り、個々人の移民の経緯と戦争体験・人生体験の聴き取りなど、これまでいくつかの調査を行ってきました。現在では在米被爆者の方々にも高齢化が進み、従来の団体活動が難しくなってきていることから、収集したデータを用いた研究と報告がアドボカシーに代わると考えています。今後は在米被爆者のライフレビュー・データを用いてナラティブ分析を行い、在米被爆者の人生とその意味づけを探究します。
3.研究成果
①日本版ガイデッド・オートバイオグラフィーの妥当性検証
本研究は、欧米で30年以上実践されてきた回想法の一種「Guided Autobiography(ガイデッド・オートバイオグラフィー)」の日本版開発を目的とし、2011年から2015年にかけて科学研究費助成事業を受けて行われました。ガイデッド・オートバイオグラフィーの参加者として地域で暮らす高齢者を対象に、計10回にわたる回想法及び1回だけの回想法の2種類を実施し、質問紙調査で量的データを収集しました。反復測定分散分析を行った結果、どちらにおいても参加前後のウェルビーング、エリクソン心理発達課題達成度、生活満足度、PTSDの実態に有意差はみられませんでした。一方、インタビューによる質的データからはガイデッド・オートバイオグラフィーで行う非時系列的な回想は参加者において有意義な時間となり得ることが示唆されました。具体的には、参加者の間には昔からの友人には話せないようなことを伝えられる信頼感と仲間意識が芽生え、その基盤として参加の継続と自己開示への自発性が鍵となることが示されました(文部科学省科研費JP23530793)。
-
科学研究費助成事業データベース 報告書
「日本版ガイデッド・オートバイオグラフィーの妥当性検証」 -
[学会発表]日本版ガイデッド・オートバイオグラフィーによる回想法とその効果-参加を終えた女性高齢者らの語りから-
日本社会福祉学会関西地域ブロック・関西社会福祉学会自由研究発表(2017年3月11日)
- [雑誌論文]高齢者に対する日本の回想法研究-文献レビュー(1992-2012)
-
[雑誌論文]回想法研究へのリクルートとリテンションに関する考察
―鳴松会協力のもとに―
②福島原発後の社会福祉士の立場と役割に関する研究
本研究の活動は東日本大震災が発生した2011年から福島県の社会福祉士会との交流にはじまり、東日本大震災と原発事故後の福島県における支援者支援を目的とした計三回のワークショップの開催につながりました。第一回目のワークショップは震災発生後の支援活動を振り返るグループワークを実施し、震災発生からの半年を一支援者として振り返りながら、自己の変化や活動を振り返る作業を行いました。第二回目のテーマは震災による喪失体験に特化し、参加者間で自己の気づきを共有する時間を設けました。第三回目は被災者支援の長期的展望を意識する機会となるよう、研究者の在米被爆者支援について講演を行いました。
これらの活動を通して社会福祉士や保健師から協力者を募り、2011年秋から2013年にかけて武庫川女子大学特別経費予算の助成を受け、個別インタビューを実施しました。本研究の成果は、2018年から科学研究費助成事業を受けている「災害ソーシャルワークモデルの構築-被災地ソーシャルワーカーの語りと対話から-(研究課題/領域番号18K02091)」につながり、発展的に継続しています。