研究について

地域・社会教育連携研究

担当:中尾 賀要子

1.研究の概要

 人間・社会福祉の分野では、ライフレビュー(人生のふりかえり)にまつわる研究課題に取り組んでいます。最新のプロジェクトとして「日本版自己発見タペストリー(Self-Discovery Tapestry)の開発」、継続中のプロジェクトとして「在米被爆者の人生と意味づけ」、そして終了したプロジェクトとして「日本版ガイデッド・オートバイオグラフィーの妥当性検証」があります。また、2001年から福島のソーシャルワーカーの方々と協働し、災害ソーシャルワークの研究にも着手しています。いずれのプロジェクトも質的研究のパラダイムに立脚した研究の問いを設定し、長期的な変容過程に着目している点が特色です。

2.研究の紹介

①日本版自己発見タペストリーの開発

 一人ひとりの社会的・職業的自立に必要な基礎能力の一つに、「自己理解」が挙げられます。類似概念として自己認識、自己洞察、自己覚知(self-awareness)などがあり、対人援助職の養成課程ではスーパービジョンやカウンセリングなどが好機とされますが、在学中にそのような臨床的機会の実現はとても難しいものです。自己理解は自己を見つめる内的な作業を通して得られる発見や気づきが手掛かりとなることから、学生が主体的かつ個人的に取り組むことができる学習材は有用と考えられます。

 そこで本研究では、南カリフォルニア大学Phyllis Meltzer教授(作業療法学)が開発したThe Self-discovery Tapestryという学習材を基に、家族背景、心理的成長、社会的成長などの自己の側面を反映できる日本版の「自己発見タペストリー」の完成を目指しています。自己発見タペストリーは、芸術形態としてのタペストリーの個別性を一人ひとりの人生の独自性に準えた学習材で、カラーペンを用いて視覚的に人生を俯瞰できる自己分析ツールです。自己発見タペストリーの作成を通して自己形成の軌跡を辿る有用性が示唆されると、対人援助職の養成課程で活用できるだけでなく、就職前の大学生において自己理解を深めるツールとしての活用など、キャリア形成に貢献できるのではないかと考えています。

②災害ソーシャルワークモデルの構築-被災地ソーシャルワーカーの語りと対話から-

 日本は自然災害が発生しやすい国土であり、地震や台風による被害が日本各地で発生し、被災地では生活再建に向けた支援活動が続いています。しかし、災害ソーシャルワークをどのように展開するのかなど具体的な支援のあり方は明らかになっておらず、わが国の災害ソーシャルワークは黎明期にあるといえます。そこで本研究は、東日本大震災を経験したソーシャルワーカーによる語りと対話を通して、自らの被災体験だけでなく、支援者としての活動の経緯を俯瞰的に網羅した質的データを収集し、長期的視座に立った災害ソーシャルワークモデルの構築を目指します。本研究は2018年から2022年(予定)にかけて、科学研究費助成事業を受けています(研究課題/領域番号18K02091)。

③在米被爆者の人生とその意味づけ

 在米被爆者とはアメリカに暮らす被爆者のことであり、強制収容所経験者が大多数を占める日系アメリカ人高齢者の中で極めて少数派となる方々です。本研究は2005年から始まったプロジェクトで、NABS(北米原爆被爆者の会)の協力のもと、在米被爆者の実態調査、アメリカの被爆者団体の歩みについての聴き取り、個々人の移民の経緯と戦争体験・人生体験の聴き取りなど、これまでいくつかの調査を行ってきました。現在では在米被爆者の方々にも高齢化が進み、従来の団体活動が難しくなってきていることから、収集したデータを用いた研究と報告がアドボカシーに代わると考えています。今後は在米被爆者のライフレビュー・データを用いてナラティブ分析を行い、在米被爆者の人生とその意味づけを探究します。

2.研究成果

①日本版ガイデッド・オートバイオグラフィーの妥当性検証

 本研究は、欧米で30年以上実践されてきた回想法の一種「Guided Autobiography(ガイデッド・オートバイオグラフィー)」の日本版開発を目的とし、2011年から2015年にかけて科学研究費助成事業を受けて行われました。ガイデッド・オートバイオグラフィーの参加者として地域で暮らす高齢者を対象に、計10回にわたる回想法及び1回だけの回想法の2種類を実施し、質問紙調査で量的データを収集しました。反復測定分散分析を行った結果、どちらにおいても参加前後のウェルビーング、エリクソン心理発達課題達成度、生活満足度、PTSDの実態に有意差はみられませんでした。一方、インタビューによる質的データからはガイデッド・オートバイオグラフィーで行う非時系列的な回想は参加者において有意義な時間となり得ることが示唆されました。具体的には、参加者の間には昔からの友人には話せないようなことを伝えられる信頼感と仲間意識が芽生え、その基盤として参加の継続と自己開示への自発性が鍵となることが示されました(文部科学省科研費JP23530793)。

②福島原発後の社会福祉士の立場と役割に関する研究

 本研究の活動は東日本大震災が発生した2011年から福島県の社会福祉士会との交流にはじまり、東日本大震災と原発事故後の福島県における支援者支援を目的とした計三回のワークショップの開催につながりました。第一回目のワークショップは震災発生後の支援活動を振り返るグループワークを実施し、震災発生からの半年を一支援者として振り返りながら、自己の変化や活動を振り返る作業を行いました。第二回目のテーマは震災による喪失体験に特化し、参加者間で自己の気づきを共有する時間を設けました。第三回目は被災者支援の長期的展望を意識する機会となるよう、研究者の在米被爆者支援について講演を行いました。

 これらの活動を通して社会福祉士や保健師から協力者を募り、2011年秋から2013年にかけて武庫川女子大学特別経費予算の助成を受け、個別インタビューを実施しました。本研究の成果は、2018年から科学研究費助成事業を受けている「災害ソーシャルワークモデルの構築-被災地ソーシャルワーカーの語りと対話から-(研究課題/領域番号18K02091)」につながり、発展的に継続しています。