臨床教育学研究-1
担当:上田 孝俊
1.研究部門の概要
「援助職の課題・問題意識の深化と実践の再開発につなげる研究支援のカリキュラム検討」に取り組むということを前提に、次のようなことを思い描いています。
- 社会人大学院の教育・研究のあり方とその意義について、新堀通也や小林剛、田中孝彦を中心に臨床教育学研究が開拓され、体系化がおこなわれてきました。現職援助職が抱える今日的課題を、新堀は「教育病理」と捉え、社会現象としての「病理」を考究する専門的な学の統合を、田中は「発達援助」職としてしての当事者理解の方法論的探究に重点をおいて、それぞれ「臨床教育学」を構想されてきました。
- 援助職者である自身の専門性の省察、養成教育・現職者教育あるいは離職者研究などの実際から、専門的な知や技術の根っこに「人間性」「質」の問題があり、それには援助職者の人生や生活史とその自己理解が関わっていることが明らかにされてきました。社会的な教育病理現象の理解と当事者への応答には、こうしたホリスティックな人間理解の学としての「臨床教育学」の発展が期されなければならないと考えています。
2.研究の紹介
(1)社会人大学院と臨床教育学
①社会人院生の学修意義の調査研究
本研究科修了生に対するアンケート、聴きとり調査を通して、本学での学修・研究の意義や課題、援助職の現場での学習・研修(意識されていない熟達化なども含め)のありようを明らかにします。2018年度は質問紙調査を修了生対象に実施し、2019年度はインタビューをおこないました。
②これまでの「臨床教育学」研究の整理
①1998年度からの日本教育学会課題研究「臨床教育学の動向と課題」、②2002年度からの日本教育学会特別課題研究「教師教育の再編と教育学の課題」、③2003年度からの田中孝彦先生を代表とする科研費研究「臨床教育学の展開と教師教育の改革」、④2009年度からの田中孝彦先生を代表とする科研費研究「臨床教育学の構築と教師の専門性の再検討」、⑤2009年度からの日本教育学会特別課題研究「現職教師教育のカリキュラムの教育学的検討」、⑥2012年度からの田中孝彦先生を代表とする科研費研究「教師の専門性の再検討と教師教育における「子ども理解のカリキュラム」の構想」などの先行研究を再検討します。
(2)災害と教育・援助実践の研究
①日本臨床教育学会震災調査チームとの連携
1995年の阪神淡路大震災における教育課題について、研究所では西宮市内の教職員からの聴きとり調査をおこない、本学の授業で講演もいただき直接学生と考える機会をもってきました。2011年3月に発足した日本臨床教育学会に「震災調査チーム」をつくり、以来、東日本大震災被災地の教育について調査を継続しています。
②震災トラウマをかかえた子どもの発達への教育援助の研究
2019年度より科学研究費助成事業(基盤C:課題番号19K02798 )「災害トラウマの回復過程における子どものナラティブと応答的な生徒指導実践の検討」に取り組み、東日本大震災後の子どもたちや保護者の変化とそれへの教師の応答的実践の実際と課題についての現地調査とこれまでの研究のまとめの作業に取り組んでいます。
3.研究活動
(1)社会人大学院と臨床教育学
社会人のリカレント教育の意義を現場サイドから問い直し、そこに含まれる学修への課題を明らかにする必要があると考え、取り組んでいます。
質問紙調査は、大学院臨床教育学研究科修士課程および博士後期課程修了生で現住所が確認できた256名全員に郵送しました。2018年12月末日を〆切としましたが、残念ながら回答を返送いただいたのは136名(回答率53.1%)でした。
入学時の年齢(図1)は、40歳代が4割近くを占め、職場の中核であり、専門性が高まってきた年齢層が中心となっています。しかも、40歳代の4分の3が職場の多忙感を強く感じながらも、本研究科に通い続けられたことがうかがえます(図2)。
本研究科への就学目的を問うと、図3のようになりました。
- 職種や専門分野の最新の知識や考え方、そこで感じている課題や問題の解決、その完結としての論文の作成・学位の取得と続きます。それぞれの回答者の実数は、順に69名、61名、52名で、半数近くの修了生がこの3点を重視していたことがわかります。このことは、本研究科のあり方に一つの課題を提起していると受け止めています。
- 図4は、本研究科での学びが、どのような点で役立ったと実感しているかを問うたものです。 専門的な知識・考え方の深化を115名(84.6%)があげ、これは就学の目的とも合致するものです。一方、「大学院生活」やそこでの「人間関係」、さらには多様な社会経験をもつ人々との交流が「人格形成に役立った」と回答している点は、予想外の視点でもあります。専門的立場にいる人々に「学びの場」が一定の揺さぶりを与え、既成の考えやとらえ方の再考を促したといえると考えます。「転職」に繋がったと33名(24.2%)が答えているのも具体的に「役立つ」と捉えられた成果と考えられます。
(2)災害と教育・援助実践の研究
2019年度は、7月に北海道・胆振東部地震被災地、9月に宮城県仙台・東松島市・石巻市、岩手県陸前高田市の教師から現在までの教育課題の変化を聴きとり、意見交流してきました。
臨床教育学研究-2
担当:押谷 由夫
1.研究の重点
— 道徳教育の臨床的研究 —
臨床教育学がめざすのは、教育分野で考えた場合、当事者である子どもたち一人一人が様々な状況に正対し、乗り越え、自律的に生きていけるように援助する研究といえます。それは、突き詰めれば、根幹に道徳教育が位置づくことになります。そのような視点から、道徳教育に重点を置いて研究を進めています。
2.研究の内容
大きく、次の6つの領域に絞って研究を進めています。
全国調査研究
学校を真の人間教育の場にしようと、教育課程全体をリードする形で、道徳教育改革が進められています。その中核として、2015年に小学校・中学校の教育課程に、道徳の時間に代わって、「特別の教科 道徳」が設置されました。小学校は2018年度から、中学校は2019年度から全面実施されています。
このような道徳教育改革を学校現場ではどのように捉え、具体的に取組まれているのかについて、2017年度、2018年度、2019年度と継続的に全国調査行い、その結果分析を基に、学校現場の教職員がより主体的、意欲的に道徳教育の改善・充実に取り組んでいただけるようにするための提案を行うことを目的としています。
調査対象校の選定は、『全国学校総覧 2017年度』(原書房)より、全国47都道府県の全部の小学校・中学校から、およそ1割の学校を無作為に抽出し、アンケート用紙を送付するという方法を取りました。3年間、原則として同じ学校に調査を依頼しました。
2017年度調査では、発送学校数は、3,336校。回収学校数は、981校。回収率は、29.4%でした。2018年度調査では、3,331校。回収学校数は1,004校で。回収率は、30.1でした。2019年度は現在調査中です。
これらの結果については、⇨ http://oshitani.mints.ne.jp/
外国調査研究
道徳教育改革は、世界的な課題です。ほとんどの国において道徳教育を重視しています。しかし、悩んでいます。道徳教育は、子どもたちの生き方を覚醒する(目覚めさせる)取組ですから、どの国においても、国づくりとの関わりで取組まれます。どのような国にするかは法律に示されますが、それを推進するのは国民一人一人です。子どもたちをいかに国づくりと関わらせていくか、それは同時に一人一人の人間としての成長を図ることと関わらせる必要があります。そこに多様な道徳教育が展開されます。
それは、当然に政治体制が強く反映されますが、国をどのような方向に発展させていくかについても混乱が生じています。グローバル化は当然として未曾有の科学技術の発達、地球規模の環境問題や疾病問題、人権問題などを踏まえると共に、その国独自の課題を見越した国づくりを考えなくてはいけません。さらに、宗教も関係してきます。それらが道徳教育政策に反映されます。
しかし、共通して大切なのは、学校教育において日々子どもたちにどのように接するかです。各国の学校における子どもたちの「人間として自分らしくどう生きるか」に関わる道徳教育の実態を把握し、国の政策と関わらせて分析する必要があります。そのような研究を継続的に行っています。中国、韓国、フィンランド、アメリカ、イギリス、オースラリアの現地調査を行っています。
これらの結果については、⇨ http://oshitani.mints.ne.jp/
教育改革と道徳教育改革の動向研究
新教育課程は、幼稚園では2018(平成30)年度から全面実施されており、小学校では2020(令和2)年度から、中学校では2021(令和3)年度から、高等学校では2022(令和4)年度から全面実施されます。新教育課程は、2030年の社会を見越して必要とされる資質・能力の柱として「知識及び技能」「思考力、判断力、表現力等」「学びに向かう力、人間性等」の三つを挙げ各教科等の目標に反映させています。AIの発達や科学技術の発達、グローバル化等が進む中、一人一人の新たな生き方が求められています。その基盤を育む学校教育や授業をいかに改善し、充実を図っていくかを臨床教育学的に追究することが緊急の課題としてあげられます。本研究では、それらの学校教育改革を、道徳教育改革を中心として行うところに特徴があります。
全ての教育改革は、これからの社会において、子どもたち一人一人のよりよい自己形成とみんなが協力してよりよい社会を創っていいける子どもたちを育てることを目的としています。つまり、子どもたち一人一人がこれからの社会を「どう生きるか」にかかわって、しっかりとした学びができるように教育改革が行われていることになります。したがって、道徳教育改革を中核としてこれからの学校教育改革を考えることが求められます。
これらの研究の結果は、フォーラムなどで発信しています。⇨ http://oshitani.mints.ne.jp/
「特別の教科 道徳」の指導と評価に関する研究
「特別の教科 道徳」は、2018年度から小学校で、2019年度から中学校で全面実施されており、教科書の使用と評価が義務づけられています。それらをどのように捉え具体的実践を充実させていけばよいのかを臨床教育的に追究するものです。
道徳教育の目標は、「自己の生き方(人間としての生き方)を考え、主体的な判断の下に行動し、自立した人間として他者とともによりよく生きるための基盤となる道徳性を養うこと」(()内は中学校)と記されています。そして、道徳教育の要である「特別の教科 道徳」の目標は、「よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため、道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめ、物事を(広い視野から)多面的・多角的に考え、自己の生き方(人間としての生き方)についての考えを深める学習を通して、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度を育てる」(()は中学校)となっています。この2つを一緒にして考える必要があります。それを図示すると次のようになります。
この目標をどのように具体化すればよいのかが指導法の研究になります。ここでは、まず「特別の教科 道徳」の授業をどのように行えばよいのかを追究します。基本的には、次のように道徳的思考をベースとして授業の展開を考えています。
この中で、特に求められる「多面的・多角的思考」について、どのような思考スキルが必要かを分析的思考において次にように考え研究しています。
また、「特別の教科道徳」の評価については、基本的には「一人一人の子どもの中にあるよりよく生きようとする心がどのように成長しているかを評価する」こと、すなわち「一人一人の子どもたちのよいところ探し」であると捉え、研究を進めています。ポイントを図示すると次のようになります。
これらの研究の実際については、⇨ http://oshitani.mints.ne.jp/
今日的教育課題に応える総合単元的道徳学習プログラムの開発研究
道徳教育は、教育全体をリードするものです。そのためには、教育に関するさまざまな課題に対して、適切に対応できる指導ができなければなりません。学校における道徳教育は、「特別の教科 道徳」を要として学校教育全体で行われます。さらに、家庭や地域との連携のもとに取り組まれます。それらが、道徳教育の全体計画や「特別の教科 道徳」の年間指導計画に具体化されるはずです。そのような視点から、今日のカリキュラム開発の動向を踏まえて、道徳教育のカリキュラム開発をどのように捉え具体化すればよいのかについて研究します。
子どもの道徳学習は、さまざまな場面で行われます。それは、各教科、領域などの区分を離れて連続性をもち、かつ家庭や地域社会を含む全生活圏において行われます。総合単元的道徳学習は、その中で道徳的課題の根底にある道徳的価値に関する意識の流れを押さえ、1~2か月間にわたって、子どもたちが連続的に道徳学習を発展させられるように支援していこうとするものです。
「総合単元的」という言葉は、既存の総合単元学習にこだわることなく、現実に即した多くの単元のくくりを考えながら、子どもたちの道徳学習の多様なパターンに適応していくようなプログラムの開発を求めて使っています。また、「道徳学習」という言葉は、子どもたち自らが道徳性の育成を豊かに図り、かつよりよく生きることを主体的に考え、追い求める子ども主体の道徳教育を推進する意図があります。
そのポイントを示すと次のようになります。
このような総合単元的道徳学習のプログラム開発における大まかなフォーマットを次のように考えています。
これらの研究の実際については、⇨ http://oshitani.mints.ne.jp/
道徳教育関連の文献調査研究
この研究の意図は、これからの学校教育改革の中核となる道徳教育を研究、実践する上に置いて、重要な基本的情報を提供しようとするものです。つまり、道徳教育に関する文献情報バンクのような役割を果たせるようにすることを、目的としています。道徳教育専門の学会や、他の関連学会における道徳教育に関する論文の紹介、専門図書の紹介、専門的な論文等を紹介します。
文献調査の実際については、⇨ http://oshitani.mints.ne.jp/
3.研究活動
研究活動の一部として、道徳教育フォーラムを、毎年、武庫川女子大学と、昭和女子大学で開催しています。プログラムをパンフレットで紹介します。
関連リンク
2018~2019年度 活動資料